報告書
米国視察研修 フロリダ州 St. Thomas Episcopal Parish School 編

「人・もの・金」でみる日米教育比較
Master Teacher Program 2002
フロリダでの研修は実に刺激的であった。両国には,教育に関して明確な共通点と差異点があった。それを人材・物資,資金などと細かく比較すると,さらに両国の教育に対する考え方の違いが現れる。話は教育だけにとどまらず,社会・文化,さらには我々の教育観にまで至った。3人の「ジャパニーズ・テーチャー」が受けたカルチャーショックを伴う異文化体験とともに報告する。
研修者 香川大学教育学部附属高松小学校 西原 浩 日下哲也 西川健男
研修期間 2002年3月21日〜 4月2日
Coral Gables is very beautiful !(美しきコーラルゲーブルス)
我々の研修場所は,フロリダ州,コーラルゲーブルス(Coral Gables)という町であった。空港からコーラルゲーブルスに入ろうと差し掛かかると,道路や家の造りなど街の雰囲気がどんどん変わっていっていることに気がついた。第一印象でとても「リッチ」な町だとは思ったが,調べるほどその美しさや豊かさに驚きを覚えた。ガイドブックには,こうあった。
「高級ブティックや個性的なお店の並ぶココナッツ・グローブから少し西側に位置する高級住宅街がコーラルゲーブルス。ロサンゼルスからのビバリーヒルズと肩を並べる豪華さである。ココナッツ・グローブにも大邸宅は多いが,コーラルゲーブルは雰囲気が全く違う。道路はゆったりとしていて広く,緑濃い大きな街路樹は邸宅を表通りからさりげなく遮断する。大きな駐車場と広々とした庭園の奥には地中海スタイルのエレガントな外観の家がある。1920年代に生まれたこの街並みは,ジョージ・メリックの構想によるもので,住宅街の周囲には運河が作られ,マングローブの木が植えられた道路には全て地中海沿岸の町の名前がつけられている。」 (地球の歩き方 −ダイヤモンド社−)
これは大変なところに来たなと思ったが,後々まで驚きは,まだまだ続くことになる。
St・Thomas too.(トーマス小学校もまた,)
想像通り,我々のパートナー校であるSt. Thomas Episcopal Parish School
(以下トーマス小学校)もやはりとても美しく,雰囲気の落ち着いた小学校であった。

St. Thomas Episcopal Parish School
社会や文化,教育の在り方をみていくとき,よく「人材・物資・資金」の面で考察されることがある。いわゆる「人・物・金」である。今回の場合,どう見ても日本とは資金面での違いが大きいようである。もちろんトーマス小学校は,プライベートスクールであり,資金面で豊かなのは解っていたが,フロリダ州全体ではどうだろうか。調べてみた。
It is not as many as 6% higher either.(6%でも高くない)
フロリダの物価は日本と比べて決して安くはない。消費税は6%である。他にも住民税など様々な税が徴収されているが,それを教育に還元しているのだという。もちろん先ほども述べたが今回我々が訪れた小学校は,プライベートスクールであり,フロリダの中でもかなり恵まれており,保護者の寄付金も驚くほど高額であるらしい。ただ決して寄付だけに頼らず,公のルールと同時にうまく使い収入を得ることで,良質な教育環境を作り上げていることに感心した。

美しい外観・整備された施設
Voucher bill(バウチャー法案)
フロリダでの教育を資金面で調べていると,1999年の記事として以下のような記事を見つけた。
「米国フロリダ州議会で4月30日、州規模で教育バウチャー(公的資金で私立学校への通学を援助する)制度を実施する法案が成立した。(中略)今回の同州議会の決定は、全米初の州を挙げての取り組みとなる。市場主義、教育自由化による公教育にたいする揺さぶりは激しさをましているかたちだ。」 (http://homepage2.nifty.com/irer/news/より)
私はこの法案にアメリカらしさを感じた。日本では,国が教育の資金等においては,大部分を面倒見るべきだという考え方が主流である。アメリカがこのような法案を作ろうとする背景には,人々の所得格差,つまり裕福な層と貧困層との差が広がっているという社会的問題が見えてくる。ただこの法案は,社会問題だけでなく,アメリカが学校教育に対し,競争意識をもたせた上で,質の向上を目指していることも解る。記事は,以下のようなことも書いてある。
「導入される新制度では,同州の全公立学校に対し5段階評価A,B,C,D,F)が行なわれる。最悪のF(落第)評価を得た公立学校の子どもたちに対し,一人あたり年3000ドルから25000ドルの公的資金(税金)を支給,私立学校や宗教学校に転校する道を切り拓く仕組み。この学校評価制度によって、Fランクとされそうな公立学校はフロリダ3000の公立校のうち170校にも達する見とおしだ。これに対して公教育支持派は、フロリダ州議会の決定を憲法違反だとして、提訴する方針。」 (http://homepage2.nifty.com/irer/news/より)
底辺校への施設設備の充実を考えたり,人的支援を施さない(できない)ことがどうかは,大いに議論があるだろうが,子供一人あたり3000ドルから25000ドルものお金を使うなど,あいまいなシステムの変更だけで済まさず,法律と資金を実際に使い,学校教育の質を上げるのだという,国家としての気概は感じる。ただこの法案,現在は下院で否決されてしまい,全米での実施にはならなかったらしい。しかしフロリダでは,実際に58人もの子供がこの法案に従って,援助を受け,「質が低い」と考えた学校から私立学校へ「脱出」していったそうである。
Laptop shock(ラップトップショック)

これは下校風景である。なぜこんなに荷物が多いのか。それはまず教科書一冊一冊が厚いことに加え,4年生以上は全員,一人一台のノートパソコン(LapTopという)を持ち歩いているからである。本当に必要な物は,例え少々高額でも(少々でもないが,私が見たところ,日本で買えば30万は下らないと思われるものをもっていた子も多くいた。)買い与えていた。「物」に焦点をあてて日米の学校教育を比較したときのキーワードは2つ。「情報」と「安全」である。情報教育は確かに進んでいた。情報教育担当者として本当にうらやましく感じた。

しかも全て無線LANでネットに繋がっているのである。各教室に無線の受信機が設置されており,子供たちは,ノートパソコンを持ち運び,各教室につくと机に広げ,インターネットに接続したり,ワープロなどで,自らの調べ学習をまとめていた。
さらに驚いたのは,校内サーバーが日本の学校とは比較にならないほど本格的なものであるという点である。ともすれば保護者など外部の者が見えやすい児童パソコン自体やインターネットにつなぐパーツなど表面的なものだけに絞って投資しているのかと考えていたが,決してそうではなかった。案内された倉庫のようなところの扉を開けるとそこは,サーバールームであった。その設備の充実ぶりは日本なら大学か企業でないととてもそろえることができないクラスのサーバーシステムだった。そのような細かなところまでの充実ぶりは,とりもなおさずサポート対応やネット上におけるセキュリティーなど子供たちへの情報教育の充実を感じさせた。実際子供が使っていたソフト一つをとってみても,授業で使われていたのは,市販品ではなさそうで,小学生用の特別な使いやすいソフト(といっても日本よりも高レベルなので,機能はが揃っているソフト)を使って学習していた。学校での情報教育の重要性を改めて感じさせられた。

Safety : to top priority in above all. (安全は何より最優先に)

子供の安全には,徹底的にだわっていた。フェンスや手すりの質や数がとても充実していた。その充実ぶりに驚くと同時にそうしなくてはいけないアメリカのお国柄を感じた。フェンスは危険と安全を区切るために明確に設置されている。日本のように破れたりしたものをそのままにしているものは,ここでは見たことがなかった。またそれらは場と場を明確に区切るためにも使われていた。日本よりも「場」の考え方が明確なのかと思った。遊具があるところには,木くずのチップを敷き詰め落下事故防止対策を講じているし,運動場には芝が敷き詰めてある。これもその場にふさわしい安全管理の方法なのだ。

「安全は何より最優先される」強くそう感じた。これは万国共通だろう。誘拐事件は後を絶たず,校内といえども事故は気になる。余談だが,登校時,我々が視察中,男児が正門付近で転びあごを切ったようだった。そのときの母親の嘆きようがおよそ日本人以上だったので妙に心に残った。そのような事故が,多分日本以上に嫌われるのではないかと想像した。
昨今,日本でもよく学校の安全対策が話題に上る。しかし我々日本人が考えている以上にアメリカでは防犯,事故防止に向き合っている気がした。
Specialty and talent development(専門性と才能開発)

この部屋にも驚かされた。
ここは日本で言えば理科室のような特別教室である。動物を飼育しているので,単に生物教室かと思ったがそうではない。ここでは生物学や生態学も教えるが,大きく「環境」というテーマで学習していた。このような部屋は日本の小学校にはない。ここでは施設として,児童に「環境」についての教室が必要と考えれば,このような部屋を造りあげてしまう。あくまで本物にこだわる。机上の空論となりそうな知識だけの環境教育ではなく,五感を働かさそうとの考えには大いに共感した。
少し五感を働かせ過ぎた私
「本物」と「体験」。全ての教科に求められるものである。私自身,理科を研究しているが,児童の理解を図る際,「本物」の教材は,どのような詳しい話にも勝る。例え教師が,実物以外の見事な青虫の資料コーナーを作って教えたとしても,やはり子供自身が青虫を育てる学習方法かなわない。それは本物だけから得られるものがあるからだ。教師が話して聞かせなくても本物は多くの知識情報を提供してくれる。感じを与えてくれる。さらに疑問を与えてくれる。環境整備や教材研究は教員としての初歩である。しかしこの部屋で,さらにその必要性や重要性を改めて考えることができた。
チョウが集まりやすい場所にはこのようなプレートを作って,子供たちに呼びかける。


担当教師は,ある一冊のファイルを見せてくれた。そこには,校内にある水槽を自分たちが作り上げていった時のことが論文風に記録されていた。目次や自分の意見はワープロで清書され,記録写真も添付されていた。そこには,雨の日にレインコートを着て水槽のための穴を掘る子供たちが写っていた。
「数年前はここには,何もなかった。子供たちが,朝早く,または放課後来て,自分たちで作り上げていった。」その教師はとても誇らしげに説明してくれた。
最近日本でも,「才能開発」と言われ専門的な学習が進められている。才能の捉えは難しいが,日本の教師が目指すべき才能開発の方向性が,もし「興味関心をもった,自分のやりがいと感じた学習に対して,専門的な知識を身につけ,体験を交えて追求していく」ことだとすると,この迫り方は大いに参考になった。
All the educations : from the person. (全ての教育は人から)
今回視察した中でも,特に感心したのが,教育の現場における人材活用であった。まず下の写真を見て欲しい。

写真を見てもらえればわかるように,訪問した我々以外に3人の「先生」が写っている。日本風に言えば,担任教師,アシスタントティーチャー,保護者ボランティアだろうか。このクラスだけが特別ではない。どのクラスにも2,3人の「先生」がいるのである。アメリカの教員制度を調べてみると,勤務体系が我々日本人教員と随分違うことがわかった。日本で「教諭」と言えば,いわゆる正採用でフルタイム働く者のことを指す。ところがアメリカではそうではない。週のうち何日か雇われていたり,一日のうちにある時間で雇われていたりする。
つまり日本と同様のフルタイムの担任教諭の他にも,フルタイムの補助教員,週○日間の補助教員,スペシャルニーズの教員,第1言語が英語でない子どもたちに英語を教える英語の教員などがいるらしい。
勤務体系は,実に弾力的に構成されていることがわかる。ちなみにフロリダ州では,教師も年間契約制である。(日本ほど強固な終身雇用制度ではなく,日本より簡単に解雇されるらしい。)にもかかわらず,日本で時間制で働く人といえば,「アルバイト」的な発想であり,その責任感の有無を心配されるだろうが,私たちが出会った教員は,日本のいわゆるアルバイト学生のような雰囲気ではない。前述した勤務体系の中で,専門的な知識や経験をもった教師が大勢おり,教育に携わっているのである。これには驚いた。逆に指示系統が明確なのだろう。校内での役割分担がしっかりできている感じがした。
加えて保護者との結びつきは想像以上に強いのだから,子供を取り巻く「人的な」環境は,日本とは大違いである。特に裕福な学校では,一授業あたりの教師の数がさらに増えていくのである。それにより,日本に比べて,より個に応じた指導・支援が可能となっていた。
Memories are the still people.(思い出もやはり人)
今回の米国研修で我々はたくさんのお土産を頂いた。その中でも一番のお土産は,物ではなく人との出会いであり,その人の考え方であり,その人の生き方であった。その中でもやはりパートナー校の3人の先生方からは様々なものを吸収できた気がする。
まず副校長先生のキャサリン先生,管理職でありながら,ディナーなどに誘ってくれ,我々を大変手厚くもてなしてくれた。アメリカでは,日本以上に管理職は学校全体のマネージメントがシビアだと聞く。多忙な中教諭の我々とともに参加してくれていることには感謝したい。
右から2人目が,来日もされるレスリー先生
赤いクーペーにサングラス。私たちが滞在中一日のうちの大半を一緒に過ごしてくれたその方こそ,レスリー先生であった。彼女は,私たちが翌日のスケジュールをこなすことができるために,ホテル近くに準備した宿舎に泊まり,われわれの研修をサポートしてくれた。日本ならば管理職として職員室の真ん中に座っていてもおかしくないお方である。ところが日中,フロリダの照りつける太陽の中,本当に親身になって世話をして頂いた。さらに双方の今回テレビ会議を行うにあたり,校内の主任として情報教育の最先端にも立つとのこと。専門的な知識もさることながら,何にもましてその責任感の強さを感じた。

What learnt from pad(Pad先生から学んだもの)
校内の自然を紹介してくださるpad先生
パッド先生である。
今回の研修に参加させていただき,大勢の方とお会いする機会に恵まれた。しかしこのパッド先生ほど印象的な人はいなかった。旅行後なぜこのように印象に残るのか考えてみた。そしてそれは教師としての「生き方・在り方」に惹かれているのだろうと思うようになった。日本人にはある意味,あこがれの地フロリダで小学校の教員の職を続けてきた人生。地元の自然をこよなく愛し,科学や環境教育を情熱を傾けて学び,指導し続けるその姿。家には名簿が無くては,餌やりもままならぬほどの数の動物たちに囲まれて過ごすその生活スタイル。そのどれもが興味深かい方であった。いつもパワフルな行動で私たちを引っ張ってくれた。我々が歓迎の宴からほろ酔いでホテルにたどり着き,朝まで眠っていた時,彼女は3時に起き出し,家事をし,家で飼っている動物たちの世話をし,翌日の我々のランチを作ってくれたことなどエピソードには事欠かなかったが,紙面の都合(だけではないいが),その他の武勇伝をここ書けないのが残念である。
教師として,また地域の一人として,「ああ,こう在りたい」と思わせてくれた方であった。
狸,狐,カバ,ワニ,豚,孔雀,亀などなど


小鳥小屋とチョウの標識,全てご自宅のものである。
It continues further(さらに続いていく)
このプロジェクトは,自由度が高い分,具体的な方向性を,双方が決めて行かなくてはならない。逆に言えば計画力や実行力が試されるプログラムである。セントトーマス小学校と我が附属高松小学校は,この原稿執筆時点ではまだまだコミュニケーション不足である。しかし互いに「水鳥」をテーマにやろうとしているなど骨子は定まり,互いの意欲も旺盛である。メーリングリストもよい刺激になっている。相手校がメーリングリストに質問などを出すとこちらもやる気が湧いてくる。環境教育の学習内容にせよ,テレビ会議などの方法にせよ,失敗を恐れず試してみようと思う。そういえば英語に苦労しているうちに聞いたことがあった。日本人が英語を喋れなくなるのは,失敗を恐れすぎてしまうからだと。言葉なんだからとにかく出せ,使えばいいと。プログラム自体もなんだかそれに似ている。でもそのとおりだ。前向きに取り組もうと思う。この研修でそのことも学んだはずだから。

(文責 西川健男)