Master Teacher Program 2002 研修報告書
香川大学教育学部附属坂出小学校
宮野 真也 合田 雅気 東条 直樹
1 パートナー校の概要
Park View Erementary School 3560 Warder Street,N.W
Washington,D.C. 20010
Washington,D.C.郊外の住宅街に位置した小学校。
1916年にミドルスクールとして開校した本校には,キューバ危機の際に建造した核シェルターが残っている。校舎は古いが,赤煉瓦造りは歴史を感じさせる。ドア等にセキュリティーシステムが施され,また,警備員もいて,安全に気を配っていることがわかる。
もうすぐ創立90周年というところが附属坂出小学校によく似ている。
@ 学級構成
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| 学 年 |
就学児の年齢 |
クラス数 |
| Head Start |
3才,4才 |
1 |
| Pre Kindergarten |
4才,5才 |
2 |
| Kindergarten |
5才,6才 |
3 |
| Grade One |
6才,7才 |
4 |
| GradeTwo |
7才,8才 |
3 |
| GradeThree |
8才,9才 |
3 |
| Grade Four |
9才,10才 |
3 |
| Grade Five |
10才,11才 |
3 |
| Special Education |
|
5 |
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A 児童数 380名
B 教員数 38名
Head StartクラスからGrade One クラスまでは,1クラス15名程度で中心教師にもう1人のアシスタント教員がつく。GradeTwoからGrade Fiveまでは,1クラス20名程度で教師は1人が基本である。
また,Special Education クラスは,知的に遅れがある児童が所属し,見学したクラスでは,児童8名に対して教師は3人いた。
昨年の国際交流で,川崎市立富士見台小学校と交流をもち,教員の複数現地交流を経験し,日本に関する知識と好意を教師も児童もかなり持っている。その交流時の掲示物が至るところにあり,理科室には,ランドセル,ちょうちん,法被まで,日本の文化を示す物品が展示されたり,資料として整理されたりしていた。
2 児童の実態
パートナーであるBarry氏の話では,児童の95%は黒人,残りのほとんどがスペイン系の白人だそうである。多くの子どもたちが母親のみで,しかも,3〜4人の兄弟という家庭環境である。Washington D.C.の規定では,年収30,000ドル以上なら給食費は全額本人支払い,年収25,000ドルくらいなら50%本人支払い,14,000ドルくらいなら全額を市が負担することになっているが,Park View Schoolでは,全家庭が全額が市からの負担になっているらしい。
その学校を,そして子どもたちをよくしようと,Harden校長先生を中心として取り組

み,市の「選ばれた48School」に入る栄誉を勝ち取り,よりよい学校に向けて前進を続けているようだ。
学校生活のけじめを重視し,教室移動の際には必ず教師が静かに並ばせて送り出し,音楽など特別教室の外で出迎えた専科教師が再度並ばせて一人ずつ教室に入れるなどのしつけを徹底していた。ランチタイム後は運動場で遊ぶ時間があるが,そこでは思い切り声を出し,また,子どもらしく元気に体を動かしていた。
歓迎会では,代表の子どもたちが「サクラサクラ」を木琴の伴奏で合唱し,「オハヨーゴザイマス」「コニチワ」と日本語を使うなど,日本に対する知識と好意を最大限に示してくれた。
3 教育設備
@ 学校環境・校内環境
校内は土足のため靴箱や玄関などはない。全ての部屋に鍵がかけられるようにっており,セキュリティーには厳しい。野球場とバスケットボールコート,遊具などが学校と道をはさんであり,その道路は子どもたちが使用する時間には通行禁止となる。
体育館は狭い。元は体育館であったところがランチルームになっている。理科室・
音楽室・コンピュータ室など日本と同じような特別教室もあり,職員だけが使用する部屋も数多くある。教室(クラス)は日本のように廊下がありその横にクラスが1列に続いているのではなく,適当な間隔をあけ,不規則に位置している。日本のように職員全員の机を並べているような職員室のような存在はなく,校長室と教頭室,事務室,印刷室がある。職員への伝達は全て校内放送で行っており,職員の教材や私物は全てクラスの教師の机にある。
校内には様々な場所に掲示があり,歩いているだけでも楽しくなる。よく見てみると人間を描く時に必ず様々な色の人間を描いている。人種差別のない都市を目指すWashington D.C.ならではであろう。もしくは,これがアメリカの学校文化なのかもしれない。
国の重要な行政都市のWashington D.C.は戦争となると1番にねらわれやすい。そこでこの学校には,核シェルターが設けられている。
A 教室環境
○ クラス環境
クラスにはいると,日本とは違った光景に驚く。どの教室にもいくつかのコーナーが設けられており,特に,Kindergarten(幼稚園)などの低年齢の学年ほどそうなっている。

ペンやブロックなどの小物を収納するコーナーやソファーやテーブルがありリラックスできるコーナーなどがあった。また,教室には必ず準備室のような部屋があり,様々な教材が収納できるようになっている。
教室内にはコンピュータが4〜5台あり,児童がいつでも自由に使えるようになっている。日本と比べて,物がすぐ取り出せるようになっていたり,様々な教材が教室にあり,多様な内容の学習を教室で行ったりすることができる利点がある。
○ 特別教室
理科室も教室と同じように物がすぐにとれるような環境にあり,日本と比べて見た感じが派手である。しかし,薬品類などはきちんと薬品庫に収納され,自由に扱えなくなっている。理科室の机は日本のように水道やガスなどがついておらず,自由に位置を変えることができる。また,天板には実験結果を書き込める表や方眼,分度器,メジャーなどが描かれており,水性ペンで書き込み,後で消すことができるようになっている。また,教師の私物や教材などが無造作に置かれており,教材研究の場とかねている。
音楽室には机がなく,常にU字形のいすの配置をしている。そうすることでできた床のスペースを上手に授業に生かしている。
B 情報機器
パーク・ビュースクールには校内LUN(T1)があり,コンピュータ室と事務室などがつながっているが,各教室にはまだ整備されていない。コンピュータ室のコンピュータや教室にあるコンピュータのほとんどがマッキントッシュで,Windows PCは少ない。しかし,Barry氏はこれからはPCが増えてくるだろうと話していた。CU See Meを使ってテレビ会議のテストをしたのだが,CCDカメラがない問題があった。また,日本語のフォントがないので,日本語で書かれたWEBページは「???」ばかりで見ることができない。数台にはフリーウエアーの日本語フォントをダウンロードしてもらった。
ホームページ作成はBarry氏しかできず,校外の方に作ってもらっているそうだ。ホームページ作成からアップロードの方法まで,これからの努力にかかっているようだ。
コンピュータ室にはコンピュータが25台くらいあり,全てがネットワーク化され ている。児童は自分のパスワードを打ち込むことで,算数や言語,会社経営のシミュ レーションソフトを使うことができるようになっている。低学年からコンピュータに 親しんでいることが児童の様子から伺える。
これからのテレビ会議やホームページでの情報交流を考えるとハード面ではカメラやホームページ作成ソフトなどを整備すると申し分ないすばらしい環境だと考える。
4 教育カリキュラム
@ 全体的に
日本には文部科学省から出ている学習指導要領があるが,アメリカにはそのような物が存在せず,州やD.C.で作られているそうだ。またそれは毎年変わる流動的なものである。学校の裁量でいろいろなカリキュラムを組むことができるようである。
日本との違いは外国語教育が幼稚園から行われていることや社会科や理科を含め,全 ての学習内容が幼稚園から位置づけられていることである。児童への効果においては
ぜひとも日米比較をしたいものである。
A 理科教育を見ると

前述のように理科教育が幼稚園から存在し,学習内容も日本のような「物・化・生・ 地」の学問的な分け方ではなく。「LIFE SCIENCE」「EARTH SCIENCE」,「PHISICAL SCIENCE」,「SPACE SCIENCE」,のように,生活に結びついた項目から領域編成がな されている。日本も現在,同じように領域編成が必要ではないかと言われており,大変 参考になった。
幼稚園では「紙」や「顔や紙などの自他の違い」などを学習し,学年があがるにつれて難易度が増してくる。Washington D.C.が定めたカリキュラム以外の学習内容でも学校の裁量で行えるので,本プログラムのBUGSやSoilも十分行うことができる。
また,日本で言われている「資質・能力」についても同じように各学年で培う力が設定されており,系統的に培っていけるようになっている。
5 成果と課題
@ 成果
今回の交流において我々の目的は2つあった。
その1つは,Park View Schoolの教師,子どもたちとの友好を深めるものである。これについては,子どもたちとの対面式において井口明神小の管理担当の林先生が子どもたち,全職員の前で「アメージング グルース」を独唱された。館内は静まりかえり,歌が終わると同時のスタンディング オペレーション。また,翌日からのクラス参観では,附属坂出小の指導担当の宮野先生が各クラスでJapanese-Languageの神髄に迫る授業を行っていった。そして,忘れられない「night cap」。我々が宿泊したホテルに,Park View Schoolの担当教員の一人であるBarry氏も滞在してくれた。毎夜のPark View Schoolの先生方とのレセプションに加え,Barry氏の部屋でのnight capである。担当者宮野曰く「night capならぬnight campにならんようにしよな。」
片言の英語を駆使し,友好は夜更けるまで続いた。
2つめは,Park View Schoolから本校へのCU See Meの回線のテストである。はたして通じることができるのか。3月27日18:00より本校とのCU See Meの回線のテストを試

みた。うまくいかない。10分・・・20分・・・・。時間は刻々と過ぎていく。通じない。本校に連絡しているのは8:00。技術担当の井口明神小の杉浦先生,本校東条は焦る。様々な方法を駆使する。そして,・・・成功。大きな歓声と拍手がこだました。
今回の研修を振り返り,プログラムはまだ始まったばかりではあるが,もし今回の研修にFMFからの「学びのたより」があるならば,我々グループは「大変よくできました」を頂けるであろう・・・。
A 課題
(1) 3校の交流をどう深めていくか
今回,Park View Schoolには,本校と広島市井口明神小学校の先生方と一緒に訪れ楽しいひとときを過ごさせていただいた。そこで,互いの学校がPark View Schoolとの単独の交流を行うのではなく,3校での交流がこの機会を通してさらに深まっていけないかと話し合った。そのためには,どのような共通の素材をどう追究して,どのように交流していくのかという多くの問題がある。これから,3校で連絡を取り合いながら,子どもたちの学びや交流がより有意義なものにするために模索していきたい。
(2) ことばの壁をどう乗り越えるか
3月27日,Park View Schoolから本校へのCU See Meの回線のテストが成功した。
そのCU See Meの回線の状況をみて,映像と音声のタイムラグ,映像,音声の明瞭性の問題点,そして,一番の大きな問題点は,ことばの壁であることを感じた。
確かに,CU See Meは場所を越え,同じ時を共有することで互いの交流は深まると考えられる。しかし,それだけではこの現状のシステムが共同研究を行う子どもたちにとって意義深いものになるのであろうか・・・。
時差を考えて,日本(広島市,坂出市)では8時,Park View School(Washington)では18時のスタートでテレビ会議を行うことを打ち合わせたが,その時間は,子どもたちの登下校を考えて長くて30分程度である。その中で,このシステムをどう有効に活用するかが鍵となるとともに,子どもたちの追究の過程にどう位置付けていくかをも考えていくという課題が残されている。
(3) 共同研究の方向性
Park View Schoolでの歓迎会において子どもたちが「サクラ サクラ」の演奏と合唱を行ってくれた。その合唱には大きな意味がある。Washingtonと日本との友好と文化の交流の発展のため日本政府の国花であるサクラの木を送られてから90年もの歳月が流れた。Washington D.C.の街並みには多くの桜が見ることができる。その中でもポトマック川沿いに咲くサクラは見事である。サクラは日本とWashingtonの友好の記念の証しなのである。これから,Park View Schoolと本校との共同研究による交流が始まる。その共同研究の目的が日米の子どもたちの友好を第一の目的であるならば,その素材として「サクラ」が扱えないものかと考えている。
6 感想
@ 3才から11才の子どもたちの学びの場から
本校はPre-Kindergartenから5the Gradeまでの教育を行っている。そして,低学年までの指導には複数の教師がかかわりきめ細やかな指導を行っている。学校は軍人墓地が見渡せるワシントン郊外の高台に位置し,そこは黒人居住区である。そのため,子どもたちの95

%が黒人である。そして,その黒人のほとんどが生活保護を受けており,また,片親の児童が多く存在する。そのためか教育水準が高いとは思われない。実際,アフリカ等から移住してきた子どももおり,Englishが理解できない子どももいるのである。また,こんな光景にも出合った。私たちが担当の教師と一緒に帰宅の途についた交差点で黒人男性が私たちの車に近づき叫ぶ。「おれはホームレスだ。金をくれ!」驚いた。その男性に襲われるかと思った。
子どもたちの下校時間も遅い。時計が18:00 を回っているのにまだ教室には子どもたちが残っている。家に帰っても誰もいないから学校を開放しているという。
学校はこのような状況を見極め,そこに住む黒人たちの生活に合わせたものとなっているものと思われる。
A 生活指導の厳格さから
LanchはSchool cafeteriaで行われる。その場所が狭いため低・高学年の2回に時間をづらしてLanch timeが行われている。訪問2日目,私たちも子どもたちと一緒に食事をさ

せていただいた。と突然,「ピーッ!」とcafeteriaに笛が鳴り響く。そして,教師からの注意がある。子どもたちが騒がしくしていたからである。「自由の国 アメリカ」。こんなイメージが吹き飛ばされた。また,各教室を参観させていただいた。教室には20名程度で各学年2〜3クラスづつある。各教室の後ろに,クラスの子どもたちから離れて1〜3名ほどの子どもが勉強している。案内役の教師に「どうしてか?」と尋ねると「騒がしくしていたから離しているのだ。」と答えられた。
「自由の国 アメリカ」。私たちが抱いていたアメリカの教育のイメージが吹き飛ばされた。躾(生活指導)には大変厳格である。
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