Saturday,March 23
3月23日(土)
ワシントンD.C.に到着しました。

23日午後6時、私は成田を出発しました。それなのに、同じく
23日午後6時、私はシカゴ〜ワシントン上空で夕焼けを眺めています。
時差ってなんだか不思議ですね・・・。
時空を飛び越えたような気になる私でした。
成田出発から厳しいセキュリティーチェック
23日土曜日、いよいよアメリカへ向けて出発しました。
昨年9月11日のテロ事件以来、セキュリティーチェックが厳しくなっている、ということを話では聞いていましたが、それを実際に肌で感じることができました。
成田空港では、我々一行がセキュリティーチェックに入るに当たり、係員の「次からUA(ユナイテッド航空、アメリカ行き)です」の声が。
私の前を行く二人の先生は手荷物を全部開けるよう言われ、そのうちの一人は、コンピュータの起動も命じられました。コンピュータ型爆弾の危険性の確認ということなのでしょうか?
「日本がこんななら、アメリカはもっとすごそうだね・・・」
そんなことを話しながら、午後6時ジャスト、我々の乗るUA882便は成田を離陸しました。
ユナイテッド航空の飛行機はグレーに赤と青の機体。
機内持ち込み
機内への持ち込みは、爪切りであろうと鼻毛切りばさみであろうといっさいの刃物が禁止。
ハイジャック防止への徹底ぶりは食器にも表れていました。

機内食のフォーク、ナイフ類はプラスチック製。「昨年までは金属だったと思う・・・」の声も。
アメリカ上陸!
10時間半のフライトを経て、シカゴに到着。
外国に降り立つと感じるのが、空気のにおいのちがい・・・これがアメリカのにおいか。
天気もよく、開放感を感じました。「さすが自由の国アメリカ!」というのはさすがに言い過ぎか・・・しかし日本ではお目にかかれない長ーい車体のリムジンカーが当たり前のように走っているのを見ると「アメリカに来た!」という気がします。
イミグレーション(入国審査)の列を警察犬が歩いていました。
シカゴからは国内線でワシントンへ乗り継ぎです。
国内線のセキュリティーチェック
国内線のセキュリティーチェックも予想通り厳しいものでした。
パソコンを持ってきた者は全員が、わざわざバックの中から現物を出してX線のチェックをするよう命じられました。
ドメスティック(国内線)にも関わらず、搭乗の際はパスポートチェック。
非常口の横の座席は、非常時にアシスタントをできる者が座ることが望ましいため、「日本人で英語ができないだろう」いう理由で座席を変えられました。事実だけになんかくやし〜!!
ワシントン上空
シカゴからはあっという間にワシントンD.C.に到着しました。
ワシントンに着く頃には日も落ち、きれいな夜景が眼下に広がりました。
ワシントンのレーガンナショナル空港到着30分前からは、着席していなくてはいけません。例えお手洗いでも立ち上がると逮捕され、飛行機は着陸空港を変更します。
その話を聞いた時、正直「ホンマかいな」と思いました。
しかし、ロナルドレーガンワシントンナショナル空港はホワイトハウスをはじめとする、アメリカの心臓部から本当にすぐの所にあるのです。
着陸態勢に入り飛行機が高度を下げると、窓からは、国会議事堂、アーリントン墓地、そしてあのペンタゴンがすぐ近くに見えるのです!
う〜ん・・・納得しました。
ワシントンナショナル空港には自動小銃を持った兵隊もいました。インドネシアに住んでいた頃にもよく見た光景ですが、やはり近くを通る時は緊張するものです。
そう言えば、セキュリティーチェックでのコンピュータ開示、ドメスティックでのパスポートチェック、イミグレでの警察犬、どれもインドネシアでは経験したことがありませんでした。インドネシアのTidak
apa apa=ティダアパアパ(気にしない気にしない)の国民性などもあるのでしょうが、それとは全く次元のちがう、2001年9月11日のテロ事件が残した爪跡の大きさを改めて実感しました。
空港からホテルに向かう車から、ライトアップされたリンカーン記念堂が見えました。
総合的な学習の時間で、カレン先生にもらった1¢コインの建物はホワイトハウスではなくリンカーン記念堂だと調べた子がいましたね。
明日しっかり写真を撮ってきたいと思います。
5−2のみんな、明日CUSeeMe(シーユーシーミー)うまくいかなかったらごめんね。がんばるからね。

ワシントンも桜が咲いています。伊野先生、小林先生も元気です!ここはアメリカです。この写真だけではどこだかわかりませんね。