3/19(Fri)

日米合同
オリエンテーション
(教育省にて)


Dr.マイヤーにより
今日の米国教育の方向性を聞いた。
「落ちこぼれをなくそう」というキャンペーンを教育省が行っている。         
 1976〜2000年生まれの子どもをMilleniams世代と呼びその世代の特徴をこのように捉えていた。         ・自分たちの世代はユニークな世代。 ・家族の絆を大切に考えている     ・消費能力が優れ,情報収集能力が高い。         ・年々学校への興味が下がっている。 他のソースに情報源を求めている。   ・94%の子どもが進学を希望しているが実際は60%にとどまる。中退が11%もいる。      ・テレビよりインターネットの使用が高くなった。      
など興味深い内容を話されていた。    要するにこれからはテクノロジーと教育は切り離せない時代に入った,ということである。   
      

ジョージワシントン大学附属病院にて

 朝から少しお腹が痛かったが,たいしたことはないと思い研修に参加。
途中から激痛に変わり,立つこともしんどくなってきた。よって,途中リタイヤすることになり,石谷さんと共に病院へ行った。
 アメリカの病院のシステムは複雑であった。保険の手続きに20分ぐらいその後,10分ぐらい待たされ問診室へ。問診が終わるとまた10分ぐらい待たされ治療室へ。
 尿検査を終え,血液検査を行った。学生なのか指示を仰ぎながら血液を採り,針の指し方もおぼつかず私は不安だった。針を刺して10秒ぐらい血液が吹き出ていたままだった。サンプル容器に6本も採られた。日本では2本なのに,,,,その後,石谷さんが部屋の外に出された。通訳もなく不安だった。その不安は的中。ドクターが入って来ておもむろにゴム手袋をし,私を横向きにした。下着を降ろされ,肛門に指を入れられグリグリされた。涙が出た(/_;)。ドクターは190cmはあろう大きな男性。その指の太さ・長さは日本人の比ではない。これまで感じたことのない苦痛(快感?)だった。潜血の検査らしかった。
 やっと,治療に入った。病院ですでに2時間は過ごしたあろうか。その後,点滴を行った。点滴の袋も日本の物よりかなり大きい。これなら点滴に2時間は掛かるであろうと思ったが,なんともアバウトで最速で落とされ,1時間あまりで終わった。点滴中に,痛み止めのモルヒネを投与された。これまた,アメリカンサイズ。量が多い。頭の中がくらくら,ふわふわして気持ちが良くなってきた。思わず,もう1本と言ってしまいたかった。体中の痛みがわからない状態だった。点滴を打ちながらレントゲン室に運ばれた。レントゲン撮影はすぐに終わったが,その後は廊下に並べられずいぶん待たされた。
点滴の効果で眠くなり,眠ったが,廊下は寒く,うるさいので何度も目が醒めた。点滴が終わった後も,誰も様子を見に来るわけでもなくほったらかし。血液が逆流し,チューブの中に溜まっていた。それを告げると,「No problem.」 とそのままであった。日本では,まめに看護士が様子を見に来てくれるがそんな事はいっさいない。潜血が出ているので胃カメラでポリープを探すかもと言われたが,結局せずにやっとの思いで病院を出ることになった。病院にいることの方がつらかった。 
 その後待合室に行くと,足を捻挫されたと病院に来られた先生に出会い,石谷さんは通訳のために病院にのこり,Miss Claireとともに薬局へ向かった。処方に30分ぐらい掛かり支払いをしようとするとなんと14錠の薬が175ドルもした。これには驚いた。いやはや10時に病院に行き,ホテルに帰ったのは16時30分。みなさんの帰りと同じでした。

最後に,ジョーンズ 享子さんが痛がる私の背中を撫でてくれ,こんなことをすっとされる享子さんの優しさを感じました。また,何時間も付き添ってくださった石谷さん,私たちのために懸命に動かれ,本当に感謝しております。ありがとうございました。
そして,なぜか,みなさんに労りと励ましの声を頂き元気をもらいました。これもまた感謝いたします。

 今回のこの出来事をマイナスに受け止めるのではなく,誰もができない貴重な体験と受け止め,私にとってのアメリカ研修のひとつにしていこうと思いました。
   
 私の宝物  175ドルの薬と名前タグ