| アクティビティ | |
| 09:00 | 宿舎を出発 |
| 10:00 | Anheuser & Busch工場を訪問、見学 |
| 11:30 | 連邦準備銀行セントルイス支店を訪問 |
| 同所にて、昼食を振る舞われる。 | |
| 13:00 | 銀行内を見学 |
| 15:00 | 巨大なモニュメント「アーチ」を訪問 |
| 地下鉄に乗車 | |
| ユニオン駅(今はデパート)を見学 | |
| 19:00 | 同所にて夕食 |
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このAnheuser Busch社は有名なBudweiserビールを製造している。 |
| 製品の運搬に使った歴史的な自動車の展示 | ![]() |
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工場の生産工程の全般について知識を習得した証明書。次は製品チェックである。 |
| 「アーチ」と呼ばれるこの記念碑は1960年代に作られたというから驚きである。 この「アーチ」の中をスキー場のゴンドラのような乗物が上下しており、頂上は展望台になっている。 セキュリティーは空港並みに厳しく、ポケットの中のものをすべて出すのはもちろん、背広の上着もズボンのベルトもすべてはずすように指示された。 しかし、このような体制は9.11ではなく、それ以前のオクラホマシティでの爆破事件以降行っているとのことである。 |
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内部には西部開拓の歴史博物館があった。ゴンドラに乗れるのはずいぶん先だったため、待っている間この博物館を見学した。入場は無料。 |
| 人形が動いて、歴史を語ってくれる。 他に、アメリカの動物についても剥製を展示して説明していた。 一方、先住民(インディアン)の酋長に金属製のメダルを贈り、引き替えに広大な土地をもらう約束をしたことなども展示されていた。 |
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いよいよ、ゴンドラに乗る時間が来た。 しかし、それからの待ち時間が非常に長い。退屈しのぎにこのような娯楽がいくつか準備されている。 これは、シーソーのようなもので、重い方が下に下がる。 |
| 展望台に到着。 | ![]() |
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「アーチ」の足が細く見える。その中をゴンドラで上がってきたとは信じがたい。 下を見ると目がくらむ。 |
| 川には観光用の船が係留されている。これでもデジタルカメラでもっとも望遠側にして撮影してる。肉眼ではマッチ箱の大きさにしか見えない。 | ![]() |
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セントルイスの町も小さく見える。左にあるのはBusch Stadiumという野球場である。 朝、見学したAnheuser & Busch社にちなんでいる。 |
この日は雨が強く降っている。天気予報はしばらく天候がくずれるという。シンディの娘さんの具合
が悪いということで、代りに、Dr.Gerry Kettenbachが我々をセントルイスまで送ってくれることになった。3月から5月頃までは、天候が悪い日が続くと博士は言う。
【ビール工場見学】
ここは日本でも有名な「Budwiser」というビールで有名な工場である。工場見学のツアーに参加することとなった。工場の歴史等が説明されているが、英語がほとんどよく聞き取れず十分に理解ができない。最初にこの工場の歴史が話された。創業者はドイツからきてこの会社を創りあげたとのことだ。次に、厩舎を見る。創業当時はできたビールを馬車で運んだようで、それを再現するためのものらしい。足先のところの毛が長い特別の種類の馬のようでとても大切にされている。続いて、大きな醸造タンクがたくさん並んでいる場所やビール缶がパックされている場所などを見学した。日本でもビール工場の見学をしたことはあるが、その大きさと建物の古さに圧倒された。しかし、肝心の見学コースについては、日本のほうが見やすく工夫されていると感じた。見学の後は試飲のコーナーがあった。私はアルコール類が全くだめなので、残念ながらコーラにした。
ビール好きの人にはたまらない場所である。
【セントルイス連邦準備銀行訪問】
マギーのつてで、セントルイの連邦準備銀行を訪問できることとなった。事前にパスポートが必要で、電子機器の一切の持込を禁止されていると聞かされていたが、セキュリティは厳しい。ワシントンの教育省より厳しい感じだ。多くのお金を預かっているだけにこうした配慮は必要である。
ようやく中に入ると、入口が金色の豪華なエレベーターにのって食事の会場へと向かう。
中に入ると楕円形のテーブルの上にはすでに食器がセッティングされていた。写真がとれなかったのが残念だが、まるで国家を代表するエグゼクティブになったかのようなもてなし振りである。机上には、破棄された1ドル紙幣を切り刻んだお土産用のパックが置いてあった。ワシントンで欲しいと思ったが、手に入れることができなかったので、とてもうれしかった。また、連邦準備銀行についての資料も用意された。特に子供向けに貨幣の意味や、銀行の役割について書いてある資料は大変興味深かった。他の機関でもそうだが、アメリカではこの種の子供向けの解説や案内が大変充実している。
続いて、ビデオでアメリカの連邦準備銀行制度について勉強した。アメリカの連邦準備銀行は日本の日本銀行にあたるもので、現在の形式が確立したのは恐慌後のF.ルーズベルト大統領の時代らしい。ワシントンを中心に全米で12箇所に連邦準備銀行が置かれており、セントルイスは中部の7つの州を担当する。ここでは1日に200万もの手形が決済され、市中の銀行への資金の供給が行われている。
続いて館内の施設を見学した。お金をパックして送り出すセクション、大金庫(扉の厚さには驚かされる)などである。さらに連邦準備銀行の理事会が開かれる部屋にも案内された。グリーンスパン議長も座ると言う椅子を中心に円卓が部屋においてある。その重厚なつくりはここで金融政策が決定されるというのにふさわしい。年に1回、高校生を招いて、模擬理事会が開かれると言う。日本の日銀がこのようにオープンであろうか。
きびしいセキュリティ−お金を扱っているだけあって、セキュリティも厳しかった。一切の電子機器の持込が禁止され、ワシントンの教育省以上に厳重であった。館内ではいたるところに監視カメラがつけられている。また、お金を扱う現場では必ず2人一組で行動し、互いにチェックするようになっており、さらに同じペアにならないようにランダムに決められているという。
【ARCH 歴史博物館】
ARCHは、1965年にアメリカの西部開拓の歴史を記念し、そのモニュメントとして建てられたその名の通り、アーチである。高さは192mある。大変混んでいて、頂上の展望台まで上るトラムに乗るのに2時間も待つことと成った。トラムを待っている間に歴史博物館に入った。アメリカの西部進出への歴史の流れが分かるように工夫されている。
ARCHの上に登るトラムに乗る列で待つ間は、退屈しないように当時の生活が再現されている。
トラムにのり、頂上へと登る上につくまでの4分間は何も見えない。頂上からはすばらしい景色がひろがっていた。セントルイスの町並みが一望でき、また、ゆったりと流れるミシシッピ川も見下ろすことができた。セントルイスは西部開拓の拠点となった町だ。ミシシッピ川・ミズーリー川・イリノイ川の大河の合流地点にあり、鉄道等の交通機関がなった時代は、川が重要な交通ルートであったことを思えば、この町が発展した理由もよく理解できる。
【メトロにのる】
このセントルイスの地域は他の地域とつながる旅客用の鉄道は廃止されている。しかし、空港と市内の一部を結ぶ鉄道がメトロとして残されている。郊外では地上を走っているが、セントルイスの市内の一部では地下を走っているため、メトロと呼ばれているようである。通勤用の鉄道として利用されているこの鉄道に乗って、もとセントルイス中央駅のある場所まで乗ってみることになった。改札などはなく、ホームにある券売機で切符を買って、自分で切符に刻印して乗るシステムは、ヨーロッパなどでは一般的なシステムだ。刻印しなかったり、切符を買っていないのが発見された場合は,多額の罰金が科せられることになっている。色々と私たちに体験してもらおうと言うシンディたちの気持ちが伝わってくる。
列車の中で日本人の女性にあった。こちらのホテルに勤務しているとのこと。久しぶりに日本の方と会いましたとお話されていた。女性一人で異国の地で働いているとは偉いものだと感心した。
【セントラルステーション】
ここは古い鉄道の中央駅を改装してショッピングモールになっている。アメリカやミズーリー州の旗が欲しいといったので、わざわざ連れてきてくれたのだ。昔の鉄道駅の高い鉄骨の下には様々なおしゃれな店が軒を並べている。特に昔のレストランであった場所は荘厳な雰囲気がただよい、19世紀にタイムスリップしたかのような感じだ。ウィスパーアーチというものがあった。ここでささやくとはるか離れたアーチの反対側で声が聞こえるというものだ。試してみると確かによく聞こえる。不思議な感じだ。
夕食はアジア料理の店に連れて行ってくれた。アジアの味覚が恋しくなっているだけに、ありがたかった。