連邦教育省でのガイダンス(3月19日)
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アメリカ合衆国教育省のホールで、日米の参加者が一同に会し、MTP2004の概要説明が行われました。当日はセキュリティチェックがきびしいため、代表者以外は電子機器の持込が一切できず、デジカメを持っていくことができませんでした。 |
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教育省への入館 教育省の玄関には「No Child Left Behind」と書かれた赤い屋根がついていました。これは、学校についていけない生徒をなくすために出された「おちこぼれ防止条例」のスローガンだそうです。入り口では厳しいセキュリティチェックが行われていて、金属探知機やパスポートのチェックも行われていました。 |
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あいさつ 1.Dr. Ron Tomalis(教育省長官付顧問) 「No Child Left Behind」プロジェクトの中心人物で、社会的な背景から、一部の生徒が取り残されているアメリカの教育現状についてお話されました。 2.Mr. Nagano(日本国文部科学省統括官) TV会議の形で、東京のFMFの事務所と結ばれて行われました。時差の関係から、東京では夜の11時過ぎにもかかわらず、リアルタイムで挨拶をいただきました。 3.神尾氏(在ワシントン日本大使館) 今年は日米和親条約が結ばれてから150年の記念すべき年であり、MTPを日本だけでなく米国側が期待をもって応援していると述べられました。
Dr. Meyer(米国教育省)の講演 現在のアメリカの教育が直面しているMillennials(1976年から2000年までの間に生まれたミレニアム世代の子どもたち)についての講演でした。この世代は人口の36%を占め、特にマイノリティーが31%と多いのが特徴となっています。この世代は情報機器の発達とともに成長し、自分の行き方や行動の決定において、これまでにないほど多くの選択肢を持っている子供たちです。学習への意欲が高い者も多い反面、高校中退者が11%も出ていて、二極化が進展しているのだそうです。このような世代に対しては、個々に応じた新しい授業の展開方法が必要であり、アメリカの教育の課題となっているとのことでした。 昼 食 教育省のホール内で、パートナーのライス先生を囲んで、ランチボックスを食べました。
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講 演 1.ビデオ会議のシステムについて ゲーリー・ゴンドロフィ氏から、本年度よりYahoo Messenger を使うようになった経緯を説明されました。 2.事例発表 気仙沼市立面瀬小学校の及川先生と、ウィスコンシン州のリンカーン小学校のベッキー先生より、「フラクタル」の拡大についての説明がありました。「フラクタル」とはさまざまレベルでの学校外の協力者のことを指します。 3.タブレットコンピューターを使用した実例紹介 ジョーンズ博士がタブレットコンピューターの教育への応用の可能性について、この場で実演されました。教員からの一方的な知識の伝達に留まらず、生徒からも教員のコンピューターに入れるという双方向の授業の可能性が示されました。 4.知識創成キットについての説明 FMFが進めている知識創成のプロジェクト、並びに知識創成キットが、文部科学省が推進している総合学習の4つのポイントと目的が同じであることが説明されました。4つのポイントとは、@環境教育、A国際理解教育、B地域との連携による教育、そしてCIT技術の教育です。次にコア・プロジェクト(全員が共通で取り組む)とペア・プロジェクト(パートナー校の間でテーマを決定する)の内容について説明がありました。 |
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各校の自己紹介 成田でも行ったチェックインのやり方で自己紹介をしました。最初に15分のパートナーと相談する時間が与えられ、紹介の方法とペア・プロジェクトについて、日米のパートナー同士で話し合った。聖徳中グループは、担当の湊先生が自分の専門であるカエルについての研究を提案したのに対し、パートナーであるハーディン中学校のライス先生が、リサイクルについて研究したいと考えていることがわかり、結局この場で方向性を示すことができませんでした。自己紹介は英語でどうにか行いました。通じていたかどうか自信はありませんが・・・。 異文化コミュニケーションについて 最後に、ジョーンズ博士より異文化交流の難しさとその大切さについてお話がありました。博士は日本の文化を「建前と本音」の文化、アメリカの文化の特色を「説明好き」の文化と表現し、日米の例を具体的にあげながら説明しました。そして、結論として日米のやり方は違うのが当たり前で、このようなことをしたら相手の国で失礼ではないか、あるいは笑われるのではないかという心配が無用であり、そうした心配に対してお互いが寛容であることが必要だと述べられました。
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本日の夕食は、日本側参加者の招待により、ワシントンDC市内の日本料理屋でとることになりました。すしと天ぷらのメニューでしたが、アメリカの先生方にとって、天ぷらはともかく、すしのほうは生魚ということもあり、いまひとつの印象だったようです。
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